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活動歴24年、プロ気分
バンドはジャズ好きの社会人が集まったアマチュアだが、活動歴は二十四年。国内の 演奏会だけでなく、海外にも招待され、プロの気分を味わっている。
私は生家がレコード店ということもあり、音楽に囲まれて育った。そのため音楽の趣 味はずいぶんませていたようだ。中学の吹奏楽部でトランペットを知り、中学二年の時
に学校の先輩に誘われて行ったグレン・ミラー楽団の来日コンサートで、ジャズの素晴 らしさを知ったのだ。
聴いているうちに体が自然に動き、メンバーが一人ずつ舞台の前面に出てきてソロを 自由奔放に演奏している姿も、何とも言えず格好よかった。
中央大学ではビッグバンドジャズの名門として知られる「スイング・クリスタル・オ ーケストラ」に入部。プロの音楽家になりたいという気持ちは高校生のころからあった
が、世界で活躍できるほどの才能があるとは思えず就職した。そして出会ったのが、今 私がバンドリーダーをやっているビッグ・ウィングだった。
現在、メンバーは二十二人。国内では「夕日コンサート」や杉並区の「阿佐ケ谷ジャ ズストリート」といったイベント、ジャズクラブなどで年間十〜二十回聴衆を前に演奏
している。
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豪での演奏が転機に
バンドにとって大きな転機になったのは、海外での公演だった。八九年に台東区主催 のコンテストでグランプリを受賞し、同区の姉妹都市であるオーストラリアのマンリー
市で行うマンリー・ジャズ・フェスティバルに招待されたのだ。
我々メンバーは緊張した面持ちで舞台に立ったが、それは杞憂(きゆう)だった。座 っていても体を動かしながら聴く人がたくさんいて掛け声も多く、反応はストレート。
我々も思い切って音を出し、バンド全体のサウンドも明るくなった。
良い演奏をすれば立ち上がって拍手をする。アンコールにグレン・ミラーの「イン・ ザ・ムード」を演奏したところ、大勢の人が舞台の下に駆け寄り、ダンスをしてこたえ
てくれた。
その後、九二年に米国のモンタレー・ジャズ・フェスティバルに出演したほか、カリ フォルニア州立大学でも演奏した。バンドのファンであるフロリダ商務省日本事務所長
の熱意により、今年十一月にはフロリダ州とジャズ発祥の地ニューオーリンズで公演が 実現することになった。
資金集めや経費の削減、休暇の獲得など苦労も多いが、海外公演はメンバー全員にと って楽しみでもあり、励みでもある。現地の人との文化交流も貴重な体験だ。だが九二
年の米国公演の直前に演奏曲目の選定で意見が分かれ、バンド分裂の危機もあった。
米国人トランペッター、マイク・プライス氏の曲で日本のわびさびを表現した「幽玄」 を演奏するかどうかでもめたのだ。「アメリカの音楽としてのジャズをいつものよう
に演奏したい」という意見はあったが、私は「日本から来たバンドに聴衆が期待する選 曲も必要だ」と思った。ジャズは常に新しさや意外性を求められる厳しい音楽芸術だ。
結局この曲を演奏することに決まり、好評だった。
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自己主張しながら変化
仕事が優先される社会人バンド。それでも何とかして練習に出たいという気持ちを高 めるためには、コンサートでの演奏の充実感、達成感を共有することが必要だと感じて
いる。
そのため他のアマチュアバンドより練習も厳しい。ハーモニーやリズムなど、楽譜に 込められた編曲者の意図に独自のカラーを盛り込んで我々らしい音楽になった時に感動
が生まれる。さらにアドリブが加わって、自己主張しながら変化していく。これがビッ グバンドの楽しさだ。
そのぜいたくさ故にプロのビッグバンドは経済的な負担が大きく、継続的な活動が難 しい。今はむしろ我々のようなアマチュアの存在がプロに刺激を与え、明らかにその衰
退に歯止めを掛けている面がある。アマチュアだからこそ、高度な技術や感性を一層身 につけていきたいと思う。
こはま・けんじ=ケンウッド勤務)
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